2025/05/22 22:52


風味の芸術──七色唐辛子400年の歴史と、「伝統と革新」を貫く一匙の世界


江戸の街、中島 徳右衛門という漢方の知識豊かな薬種商が、身体を温め、風邪を鎮め、風味を添える七種の素材で構成された「七色唐辛子」を考案しました。

今年、七色唐辛子は考案から400年の節目を迎えました。その歩みは、日本の食文化の成熟とともにありました。多くの名店がそれぞれの土地で受け継ぎ、工夫を凝らして育んできたその香りと味わいは、まさに「風味の芸術」と呼ぶにふさわしいものです。


七色唐辛子の成り立ちと歴史


「七味唐辛子」または「七色唐辛子」として親しまれるこの香辛料のルーツは、江戸時代初期、薬研堀(現在の東京都中央区東日本橋周辺)にあった薬種商、現在の「やげん堀中島商店」にさかのぼります。時は寛永二年、薬効と風味のバランスを意識した七色の調合が初めて世に出たのでした。

やがてこの調合法は、善光寺参道(長野)や清水寺参道(京都)など、参詣者で賑わう地に伝わり、それぞれの風土や味覚に合うかたちで独自の進化を遂げました。こうして、「日本三大七味唐辛子店」として知られる三軒──東京浅草の「やげん堀中島商店」、長野善光寺門前の「八幡屋礒五郎」、京都清水寺参道の「七味家本舗」──が、長く香辛料文化の担い手として存在感を示してきました。

それぞれの老舗には個性があります。

  • **やげん堀中島商店(東京)**は、江戸前の辛さと香りを大切にし、後を引く風味が特徴です。お好みで「マイ七味」を作ることもでき、その文化的懐の深さでも知られています。
  • **八幡屋礒五郎(長野)**は、信州の気候に合わせた強い辛味が特徴で、近年はチョコレートやアイスクリームとのコラボレーションなど、新たな展開でも注目を集めています。
  • **七味家本舗(京都)**は、山椒の香りを前面に出し、上品な香気と控えめな辛さで上方の料理との相性に優れた調合を提供しています。

いずれも、ただの辛味調味料ではなく、「香りを味わう」文化としての七色唐辛子の奥深さを伝えてくれます。


星の数ほどある「七色唐辛子店」の中で


三大老舗が築いた文化的基盤の上に、全国には数多の七味店が存在します。催事や道の駅、観光地のお土産店でもさまざまなオリジナル七味が販売され、地域ごとの香りが旅の記憶を彩ります。

そのなかで、私たち東京七味・七色蕃椒堂は伝統を継承しつつ、「香りの主張」によって個性を表現する調合を目指しています。それぞれの素材が持つ香りの「深み」を引き出しながら、全体の調和を保ちつつ、主役の香りを立てる──そんな調合は、一見相反する要素のようでありながら、むしろ現代の食文化にこそ求められているスタイルだと信じています。


独創的な香りの世界


私たちの調合で主役となる素材は、いずれも個性派揃いです。


  • ぶどう山椒(和歌山産):山椒の中でも特に芳香が強く、爽やかで格調高い香り。口に含んだ瞬間、空気が変わるような清涼感があります。和洋中、お料理のスタイルを超える万能性。

  • 焙煎にんにく:香ばしさと旨味が凝縮されており、料理全体を包み込む力強さを持ちます。お味噌料理やラーメン、またビザやパスタなど洋食とも抜群の相性。

  • 梅紫蘇:酸味と香りの両立に優れ、夏場の食欲増進にも寄与。冷奴や素麺など、淡白な料理に合わせると真価を発揮します。

  • 馬告(マーガオ):台湾原産の香辛料で、レモングラスと山椒を掛け合わせたような異国的な香り。魚料理やハーブチキンとの相性は抜群です。

  • 島胡椒(ヒハツモドキ):沖縄をはじめとする南国の香辛料で、じわじわと体を温める力があります。東南アジアの料理やエスニック風のアレンジにも最適です。

これらの素材は、それぞれ単独でも香りの「顔」となる存在ですが、それを七味という「調合」の世界でぶつけ合わせ、響き合わせることで、未知の香りが生まれます。


「伝統と革新」の両立へ


私たちは「伝統と革新」をテーマに、七色唐辛子に新しい命を吹き込む挑戦を続けています。老舗が守り続けてきた調合技術と、現代の食材・調理法との融合。その狭間で、香りの未来を探求することが私たちの使命です。

例えば、ヴィーガン料理に合う七味の開発や、発酵食品との相性を考慮した調合、さらには海外のスパイスと組み合わせた「グローバルな七味」など、可能性は無限に広がっています。時代が変わっても、香りと味わいは人々の心をつなぐ力を持っているのです。


結びに


400年前、薬種商が始めた七色唐辛子は、いまや和食文化の一角を成す存在となりました。その歴史に敬意を払いながら、私たちは次の100年へと踏み出します。

七色唐辛子は、ただの薬味ではありません。それは、小さな匙に込められた、土地と季節、素材と技、そして作り手の哲学が融合した、ひとつの「物語」なのです。

これからも、皆さまの日々の食卓に、香りと彩り、そしてちょっとした驚きを添えられる存在でありたいと願っています。